なぜ「ルソーは別として」としたのであろうか?
筆者は、本書『歴史の進歩とはなにか』で、第2章「進歩史観の源泉」(1)のP19一行目で(ジャンジャック・ルソーは別として)とカッコ書きしています。
このコトは前回(初回2026年5月28日)の「読書メモ」を投稿した際、気にはなっていましたが、筆者はその後、ルソーのことはいっさい、書いていないのです。したがって、弊サイト運営者(原田)もルソーのことはいっさい記載しませんでした。
今ふたたび、あらためて、ここの文脈をよくよく読んでみますと、筆者はルソーを以下のように、捉えておられることが判明します。(私、サイト運営者としての読みの浅さの所以です。)
すなわち、ルソー以外のフランス啓蒙思想家たちは「無限の進歩への確信」をいだいており、楽天的であった。が、ルソーはそうではなかった。
では筆者はルソーについて、どのように認識していたのでしょうか、筆者の著書を広く探索すれば、その答えが得られるのかも知れませんが、その方法は採らないことにします。(2026年07月11日追記)。
すなわち、本「読書メモ」(その2)では、本書(ないし、筆者の他の著書)から引用するという方法ではなく、あらためてタイトル(「見出し」)を作成(創出)して、弊サイト運営者(原田)の意志をより強く表出したいと思います。(それは『仮説』の表出に過ぎませんが、弊サイトの事業方針(『三現主義』&『システム思考』が元来「現状追認型思考」ではなく、所謂「弁証法的思考」(「現状/目的」統合型思考)によるところにあり、『仮説』(「検証」)思考をその本質としているところですので、どうぞ、ご了承いただきますようお願いいたします。
ルソーは、「歴史の進歩とはなにか」を見通していた!
弊所は先に(昨年2025年8月)以下の投稿をしています。
ここでは、5つの『仮説』(弊所サイトが『三方よし』で目指し・実現するもの・コト)について、ルソーが『社会契約論』の中で語る(「一般意志」(「社会的自由」)という「人にとって最も大事なもの・コト)との相関(同じもの・コトか、あるいは類似のもの・コトなのか)を問う(探索し)ています。
その方法は、『三方よし』が目指し・実現するもの・コト、すなわち『仮説』について、ルソーの主張する箇所(『社会契約論』の記載文)を引用することで、『検証』されるのではないかと『検証1』~『検証5』としています。
《なお、この心(趣意)は、『三方よし』の『仮説』をルソー(『社会契約論』)が『検証』してくれるのではないか、との思いであります。❝温故知新❞とか「歴史に学ぶ」とは、このような方法に拠るしか術はない、と浅学の運営者(原田)は心から思うのであります。》(本趣旨記載2026年07月11日16:07)
5つの『仮説』・『検証』:
以下【1】~【5】とし、その概要を記載します。具体の内容をご覧いただく場合は⇒末尾の『検証1』~『検証5』のリンク設定をクリックしてください。
【1】人間のドレイ状態はどうして生まれたのか、この問題は解きうるか?私は解きうると信じる。 『検証1』
【2】政治法、民法、刑法とあるが、最も重要な法が次に加わる。習俗、慣習、ことに世論である。 『検証2』
【3】国家は法律によって存続しているのではなく、立法権によって存続している。沈黙は暗黙の承認を意味する。法律が古くなるにつれて、力を失うようなところではどこでも、そのこと自体が、そこにはもはや立法権がなく、国家が生命を失っていることを、証明している。『検証3』
【4】一般意志が十分に表明されるためには、国家のうちに部分的社会が存在せず、各々の市民が自分自身の意見だけをいうことが重要である。『検証4』
【5】国家を築くことに努力したあとに、残されている問題は国家を外的諸関係において支えることである。 この問題は・・・・等々をふくむ。しかし、すべてこうしたことは、短見のわたくにとって、あまりにも広大な新しい題目である。わたしはもっと身近なことに、いつも眼をそそいでいるべきであっただろう。『検証5』
身近なこと、それは『家族』ではないか!
当サイト運営者は、それを「人間たる家族」と思うのです。なぜならば、「家族」がもっとも身近な存在であることは疑いのない事実(現実)であり、生身の人間にとって「最も身近なこと、必要な重要なもの」しかも「自他ともに、身近なこと」=『家族』以外にありえない、「生きるものの法則」でもあると思われるのです。)
このことを証明するかのように、ルソー自身も『社会契約論』第一篇の「はじめに」において、以下のように語っているのです。
『社会思想史講義』においても、「『家族』が原点であった」とされている。
『社会思想史講義』 クリックしてご確認くださいでも『家族』であったと解説されている。
【特記メモ】『社会思想史講義』(1985年3月20日初版)について:本書は弊サイト運営者(原田)が本書執筆者の上野格先生(成城大学教授)より年始ご挨拶時(1986年1月2日)、贈呈いただいたものであります。(上野格教授は、原田が成城大学在籍中のゼミナール『経済史・社会思想史講義』で担任教授としてご指導をいただき、爾来ながく家族ともどもご指導をたまわっています。)

